The BEATLES Cover Unit さいもん Blog

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ポール・サイモンとビートルズ①【ポール・サイモン音楽と人生を語る】より

Paul Simon

 

先日、BS-TBSの「SONG TO SOUL 明日に架ける橋/サイモン&ガーファンクル」という番組をやってましたね。

気づかず観たのは途中からとなってしまいましたが、それでもS&G熱が(やや)ぶり返してしまいました(笑)。

 

サイモン&ガーファンクルの書籍は何冊かありますが、最近は何か出ているのだろうかと思い調べたところ、

ポール・サイモン 音楽と人生を語る」(DU BOOKS)

というのがあったので早速購入、斜め読みしました(笑)。

 

本の中でビートルズに触れているところがいくつかあったので紹介します(笑)。

 

ポール・サイモンさん、ご存じのようにアメリカ人としてはかなり小柄な方です。

それもあって「負けず嫌い」なのかと人には思われているようですが、

「負けず嫌いなのは背が低いせいなのかと訊かれるたびに、ぼくは『違う』と答えてきた」

「最高の音楽をつくりたいと思ったら、おのずとそうなってしまうんだ」

(「ポール・サイモン 音楽と人生を語る」)

 だそうです。

 

ここでみんな思います。ホントか(笑)?

そこで引き合いに出してきたのが、天下のレノン・マッカートニー大先生(笑)。

ジョン・レノンポール・マッカートニーに、どれだけ競争心を燃やしていたと思う?」

「はじめて彼らに会ったとき、ぼくは部屋中の酸素がなくなってしまったような気がした。あまりにバチバチしているせいで、息が詰まりそうになった」(同)

とのことです。

 

いつの話なのかは定かではありませんが、多分サイモンとガーファンクルが売れた後でしょうから、1966年あたりかと思われます(証拠はありません)。

ジョン・レノンさんとポール・マッカートニーさん、そのころもバチバチしてたとは。ビートルズ来日時の記事や証言からはそんなことは感じられませんが、やはり見る人が見ればわかるのだなあ、と感慨深いです。

 

ジョンがポールに、というところがキモなのでしょう。

「でも、だからこそあのふたりはすばらしいんだ。単に出来がいいだけじゃ満足しない。それはぼくらも同じだった」(同)

さすが、です。

ビートルズにしろサイモン&ガーファンクルにしろ、その後のすったもんだを予言していたということでしょうか(笑)。

 

そうそう、ジャイアント馬場さんもこんなようなことを言ってました。

「プロレスラーはヘトヘトになるまでトレーニングするのではない。ヘトヘトになってからトレーニングが始まる」

 

やはり超一流の方々は同じなのですねぇ。

我れ凡人とは違うということですかね。がっかりです(笑)。

 

ポール・サイモンさん、ビートルズについてこんなことも言っております。

「初期のビートルズも好きだったけど、本気で恋に落ちたのは、レノン=マッカートニーのバラードが世に出はじめたときだ」(同)。

 

ポール・サイモンさん、元々はエルヴィスに強烈に憧れていたものの、例の「見てくれ」上の問題からその路線をいくことは早々にやめたようです。

なので、ビートルズ初期のロックンロール路線よりも、バラードに反応したのでしょうかね。

「彼らにまつわるすべてがクールだった。声のブレンドのさせ方とか、スタジオにジョージ・マーティンが一緒にいることとか。驚異的なチームだった。彼らのレコードを聴いていると『いったいどうしたらこんな真似が?』となってしまう」(同)。

 

いあや、天下のポール・サイモンさんにこう言われると、何だかこっちまでうれしくなってしまいますね。最高の褒め言葉です。

この「声のブレンドのさせ方」というのがキーワードでしょうか。あの‘天使の歌声’ガーファンクルさんと長年「声のブレンド」をしつこく追求してきたサイモンさんにこう言わせるビートルズ、やはり素晴らしいですね。

 

ポール・マッカートニー大先生についてはこんなことを。

「ポールは非凡なメロディーづくりの才と、それに見合った声に恵まれていた。〈ヒア・ゼア・アンド・エブリホエア(Here,There and Everywhere)〉や〈フォー・ノー・ワン(For No One)〉や〈イエスタデイ(Yesterday)〉は、彼にしか書けない曲だろう」(同)。

う~ん、普通ですね。無難すぎます(笑)。

ポール・サイモンさんにわざわざご指摘いただかなくても、みんなそう思ってます(笑)。

 

「でも正直、ぼくがいちばん感動したのはジョンの曲だったと思う。

〈ノーウェジアン・ウッド(Norwegian Wood)〉や〈イン・マイ・ライフ(In MY Life)〉のような哀しみを感じさせる曲。彼が個人的な苦痛を明かしている曲だ」(同)。

なんだ、そっちか、ジョンだったか(笑)。

出てくる曲がラバーソウル、リボルバーなので、やはりこのあたりの話は1966年ころなのでしょう(証拠はありません)。

 

しかし、こうして曲名並べられると、あのころのビートルズさん、ものすごいですね。

サイモンさんではありませんが、まさに「いったいどうしたらこんな真似が?」ですね!

 

ポール・サイモンさん、例の「見てくれ」についてこんなことも。

「なかには髪の毛なんてどうでもいいと思っている人たちがいるのはわかっている」「でもぼくにはロックンロール界の立派なお手本たちがいた。エルヴィス、ビートルズミック・ジャガー。みんな痩せていて背が高く、髪の毛はふさふさしていた。それこそがロックンロールだったし、ぼくにとってはそれがとても大切なことだった」(同)。

 

実にストレートですね。しかもストライクです。

言いにくいことをはっきり言い切っていただいて、心地よいです(笑)。

しかしこれ、寅さんなら「こら、そこのインテリ。それを言っちゃあおしめえよ」ではないでしょうか(笑)。

 

この話、ジョンを引き合いに出してまだ続きます。

「一度、ジョン・レノンと話したことがあるんだけど、その時の彼はビートルズみたいに出版権を半分明け渡す代わりに、それを全部確保するだけの知恵がぼくにあった理由を知りたがった」(同)。

 

ビートルズの出版権、さぞかし痛恨だったでしょうね。まあ、ワタクシには想像もつきませんが。そこのところサイモンさんは抜け目なくやったようです(笑)。

 

「ぼくはずっと音楽業界の周辺で育ったので、どの会社も出版権を横取りしていたのは知っていたし、だからその出版権とやらにはさぞかし価値があるに違いないと当たりをつけたんだと答え、今度はこっちから質問した。『その髪の毛のとき方はどこで教わったんだい?』」(同)

 

せっかくのジョン・レノンさんへの質問、そこかあ(笑)。

で、ジョンはなんと答えたのでしょうかね。皮肉、嫌みで返したのでしょうか(笑)。気になりますが、もはや永遠の謎です。

 

ちなみにマイケル・サンデルの白熱教室で「企業が人を採用するとき見た目で判断してもよいのだろうか?」などという哲学談義をしていましたが、ここはぜひともポール・サイモンさんの見解をきいてみたいものです(笑)。

 

しかし、ポール・サイモンさん、しみじみ哀愁漂うよなあと思いますね。

 

だって、アート・ガーファンクルさんと並べば、細身・長身・ふわふわ金髪・天使の歌声のアートにいいところをすべて持っていかれ、さらにはこともあろうに曲を作ったのもアートだと思われ、ジョン・レノンボブ・ディランのような洞察力あふれる詩を書き、ポール・マッカートニー大先生に引けを取らない作曲やサウンドメイキングの才能を持ち、ギターの腕前も超一流なのに、音楽の話題で「ポール」と聞けば、誰もが思い浮かべるのはなんといっても「マッカートニー」ですからね(笑)。

 

微力ではありますが、さいもんはこれからもポールを応援してまいります。

あっ、サイモンの方もね(笑)。

 

(つづく)

 

筆者について

さいもん(A)・ギター担当。ビートルズ大好き歴40年!1963年生まれ さそり座。近頃、忘れっぽいことがもっぱらの悩み。 

 

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